宝塚と清荒神さん
先日、明治神宮での大寒禊を終え、
一月の大切な神事を完了、清々しい気持ちで、
大阪の父親に会いに帰省しました。
実家の台所の神様、宝塚近くにある清荒神さんに、新年の新しいお札を
まだもらえていないと言う父親と一緒に参拝して参りました。
小さい頃は、本当に毎年の恒例行事として
年末年始の頃、父、母、兄妹弟と一緒に
連れて行ってもらってました、清荒神。
父親の好きな神社は?って聞くと
○ 清荒神(きよしこうじん)
○ 出雲大社
と答えが、返ってくる程、父の好きな神社。
清荒神は、正式名は、清荒神清澄寺と言う
神仏習合のお寺になります。
清荒神さんは、お坊さんがご奉仕されています。
敷地の左手に、鳥居と神社、
右手にお寺になります。
創建は平安時代の896年(寛平8年)、宇多天皇から
「日本第一清荒神」の称号を下賜された由緒あるお寺です。
と紹介されています。
暮らしに欠かせない火は万物を浄化する。火を扱う、かまど(台所)は
家庭・会社の中心で、かまど(台所)が賑わえば、家庭・会社が
繁栄すると言われ、家内安全、商売繁昌、厄除開運として、
関西において大変人気です。
私達が、子供の頃は、境内にある大きな菩薩さんに柄杓で水をかけて、
お願い事をするのが、楽しみでした。また、お参りの後は、参道に沢山連なる、
お店で財布に入れる小さい焼き物の招き猫や、カエルを買ったり、
たこ焼き、ベビーカステラを買ったり、ルールとしては、母からもらう1人500円の
お小遣いの範囲で、各子供が計算しながら買うのが、楽しみでした。
今回は、1月25日で、気温2-3度、雪が積もった清荒神さんの境内は、
空気も澄み渡り、綺麗でした。
新しくお札も頂き、帰りの参道で、おでんと、
温かいうどんを父親と2人で食べました。
この清荒神の麓の国道向こう側には、ツインの、高層マンション。
「あれは、昔よく行った宝塚ドリームランド、宝塚グランドホテルの跡地やで、、」
宝塚グランドホテルは、父親の会社の創立20周年記念の社内旅行で、
縫製工場のオヤジさんや、物流の部門、アパレルの営業部門、
経理部総勢50人ぐらい?の、大宴会を畳の大広間で行い
その舞台上で、高校生の私は、家族と共に上がり挨拶を
させられたのを思い出しました。もう38年も昔の話です。
その写真が、出て来たー
あの頃は、父の会社は、景気良く、会社の海外旅行などもしていたなぁ
と思います。
今年55歳になる、自分にとって、振り返るとあっと言う間であるが、
家族のそれぞれとの思いでを考えたり、父の55歳の時は、どうだった
母の55歳の時は、どうだったとか考えると、さて、これからの30年を
どのように生きていくのか、だんだんと面白くなり、ワクワクするのであります。
宝塚という地は、阪急電鉄の繁栄とも関係する話をよく聞きます。
目的地を作り、電車を走らせる。
やがて、その目的地が大きく発展し街となる。人々が住む。
30年スパンの時間で、次の30年後のゴールを創り、
それにむかって、線路を敷いて、電車を思いっきり走らせたいです。