母の傘寿の誕生日と死生観
母の傘寿(八十)の誕生日!は、
今日3月12日だった。他界して17年
母を思い出さない日は一日も無い。
母が好きだったブルーとピンクの花を
仏壇に供えよう。
神道の死生観において、人は死ぬと神となり
この地、我が家、郷土に留まり、祖神と共に、
子孫の繁栄を見守り、子孫からの祀りを受ける
この考え方は、和歌にある
「日の本に
生まれ出でにし 益人は
神より出でて神に入るなり」
この歌に通じる。
他界の中で、最近はまっているドラマがある
金曜日の夜のドラマの『100万回言えばよかった』である。
主人公が、幽霊になったフィアンセから静電気で電気が送られたり
口笛の音が聞こえるシーンがある。
ドラマでありながら、なんとも気になる。
母が、他界してまだ数年の間は、
同じことを私自身も体験した
からである。大阪と東京を車で高速を走っている時などに、
ファワッと出て来るのである。
〇 ある時は、馬車に乗って私の車の前を先導する
〇 ある時は、大きくなって、あの孫悟空のように、母の右手から左手の
間を車で走っている間に東京に到着するのである。
実際に体験していしまっている私としては、どうしようもなく
ドラマを興味深く見てしまった。
祖先や他界したご先祖の皆々様に感謝を捧げるのは
最も大事なことである。これらご先祖の皆さんが一人でも
居ないと『私』は、存在しないのである。
日本の神話『日本書紀』の中に、「国譲り」の中に、
高皇産霊尊(たかみむすび)の神が、経津主神・武御雷神を
通して、大己貴神(おおなむち)に対して、勅(みことのり)をつたえます。
「夫(そ)れ汝(いまし)が治(しら)す顕露事(あらはにごと)
は、宜しく是れ吾孫治(しら)すべし。汝は即ち神事(かみこと)を
治(しら)す可(べ)し。」
「あなたの治める、目に見える世界(顕世うつしよ)は、私の孫が治めます。
あなたは、神事かみごと(幽世かくりよ)を治めなさい。」
この顕世(うつしよ)と幽世(かくりよ)
の言葉がすごく気になります。
幽世は、死の世界である、黄泉の国、や根の国、なのか?とも考える中、
ただに、同じ世界において、『目に見えるもの』の世界と、
『目に見えないもの』の世界なのでは、無いか?と考えるわけです。
日本書紀のこの中に、大己貴神(大国主神)
は、天日隈宮(あめのひすのみや)
にて、隠宮として、いることになります。これが、すなわち
出雲大社で、神事(幽世)(かくりよ)を治めるから、
10月の神無月、出雲の神有月に
神々が、集まってくる。と言うのに、繋がります。